とりあえず真似してみる
これがうちにある牛乳。

のんびりと過ごす牛。草の緑と空の青。かなり頭の中の牛乳パックに近い。

晴れた日を狙って公園に行った。広い芝生と、ちょうどいい場所に牧場っぽい柵もあった。牛は用意できないので、僕が牛の役をやる。やると言っても芝生の上でぼーっとするだけである。


牛乳パックみたいに牛乳の感想を書いた。牛乳パックっぽいのに全然牛乳じゃない、変なものができた。場所や天気が良かったと思う。雲の流れ方とかすごく牛乳っぽい。
牛乳パックみたいな食レポをする
さっきの牛乳の感想、食レポと捉えることもできる。牛である僕が食べていたら完璧だろう。


文字がたくさん入らないので当たり前のことしか言えないが、それでもおいしさが伝わってくる。牛乳パックみたいだからだろう。

とても良い。中央の、大きな文字のところはひらがなと漢字を混ぜるのがコツかもしれない。できれば前半ひらがな、後半漢字がベストである。「おいしい牛乳」「よつ葉牛乳」「まきばの空」などを思い出してより牛乳っぽくなる。


牛はこちらのことなんか考えずに悠々と過ごしていなければいけない。それが牛乳パックの牛らしさである。
牛乳パックみたいな日記を書く


相変わらず情報が全然ないが、充実した雰囲気は伝わる。牛乳の牛みたいに健やかに過ごしたのだな、と分かる。

牛が好きなように過ごしていればいるほど牛乳パックらしくて良いなと思う。
おおらかな雰囲気が出る
食レポも日記も、牛乳パックらしいおおらかな雰囲気に包まれてくれた。
仕事のメールや確定申告なども全部牛乳パックみたいになって欲しい。

あとがき
自転車の鍵をなくしていた
牛乳パックの牛になるために、公園で撮影をした。順調に終わってさあ帰ろうという時、自転車の鍵がないことに気が付いた。ズボンのポケットに入れたはずなのに、パンとジュースを買った時のレシートしか入っていない。

このズボン、ポケットが浅いのだ。何度か鍵やスマホを落としたことがある(だったらそこに大事なものを入れなければいいのに!)。

当てがあるんだからすぐに見つかるだろうと思ったが、見つからない。しゃがんでしばらく草をかき分けてみるが、見つかる気配がない。近くで見るとちょっと背の高い草のゾーンもある。こういうところに鍵を落としたら中に埋まって見えなくなってしまうだろう。あまりにもないので「本当にここで落としたのか?」と疑いたくなる。
ああ嫌だ。帰れなくなった。泣きそうになりながら草を書き分けること30分。近くの保育園のお散歩の時間らしく、園児たちが遠くで遊びだした。場所が離れていて良かった。派手な赤や黄色の帽子が、蛍みたいにチラチラ揺れていた。

その間僕と言えば、撮った動画のしゃがんだり寝転んだシーンを見返し、一か所ずつ疑わしいゾーンをつぶしていた。しゃがむ回数が多くてキリがないが、やるしかない。

数か所当たった時点で頭がクラクラしてきた。いけない、熱中症になってしまう。そんな時に保育園のお散歩の時間も終わり、みんな帰ってしまうと一層心細くなって心が折れてしまった。
探すのをやめて、一旦自転車を安全な場所に移動させた。後輪を持ち上げて転がすのだけど、電動自転車なのですごく重い。それから公園の事務所に聞いてみるが落し物は届いておらず、歩いて家へ帰ってスペアのキーを探すがはじめからそんなものはなく、やることが全て空振りに終わった。
仕方がないので公園の隅に一晩置かせてもらう許可をもらって、歩いて家に帰った。
翌朝、妻の鍵を借りて自転車を引き取った。これから鍵を新しく作ってもらえるようメーカーに問い合わせることになる。すごく面倒臭い。
面倒だ面倒だと思いながら現実逃避みたいな気持ちでこの記事を作った。鍵を落としたことにまだ気づいていない時の写真を使って、牛乳パックみたいな画像を作ったのだ。なくしたことに気が付いている自分がそれを見ておもしろおかしく思えるか心配だったが、ちゃんと少し苛立ち、おもしろくも感じた。